コラム

議事進行の重要性

平成31年01月15日
 ファシリテーションというワードやファシリテーターという言葉が色々な場面で登場してきています。介護や福祉の現場においては、職員同士の話し合いからご家族やご本人への病状説明、今後の方針を一緒に考える場と、たくさんの話し合いの場面が出てきます。福祉に限らず、会議や議事はどんな仕事でも存在しますし、学校での保護者会、自治会や消防団とどこに行っても会議は存在します。会議体がこれだけたくさんあるが、「無駄な会議が多い」と感じたり、「会議で発言するのがストレスだ」と思ったりと会議に億劫になりがちです。そんな会議や議事を円滑に進めるためにファシリテーションにスポットライトがあたっているように思われます。
 そもそもファシリテーションとは、「容易にする」とか「促進する」という意味があるようでして、会議の主役は「参加者」であるということ、進行役がまとめるのではなく主体となる参加者が双方に理解し解決できるように促すことがファシリテーションの考えであるように思われます。となると、なかなか発言がない場合「どうしたら発言してもらえるか」悩むところになります。この前のセミナーでは、発言をしやすくするために、会議の途中で隣同士の2、3人でこのテーマについて話し合ってもらうと意見が出やすいそうです。一人で発言するのはちょっとと思ってもお隣さんとなら話せるかも。。。
 まだまだ勉強不足の事業所でありますが、色々な方法や手段があるので、機会をみて深堀りしていきたいと考えています。職員、責任者、そして管理者も「学び」を継続する必要があるようです。
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年末の火災予防と施設と…

平成30年12月15日
年末になると火災予防と題し、地元の消防団が巡回してまわる時期となります。そんな年末が押し迫る中、秋に行われた消防審査会の受賞式がありました。結果は準優勝!連続優勝を逃したのは残念ですが、ただ表彰されたいからということではなく、たくさんのスタッフに参加してもらい、もしもの時に少しでも初動対応ができればと思っています。消防署長の式辞では、今年度の火災件数は3件とのこと。オール電化が進み家屋火災が減少していることが明らかな数値でありました。となると、これからの冬に入るこの時期に防火防災の啓発活動をして「なにを訴えたいか」と考えますと、そこには「火災への予防啓発」ではなく、「自然災害に対する意識付けや啓発」に重点を置いているように思えてなりません。
「火災の減少に反して全国では大規模な自然災害が多く起こっている」
これに、備える。二次的な火災予防もありますが、大規模災害に遭遇した際に「どう対応するか」消防署も有効な手立てがないので、各事業所で自主活動の継続をお願いしたいということのように思われます。自分たちのことは自分たちでなんとかする。そして、近所の高齢者とも共同しながら支援を待つにはどうしたらいいかを考える。少なくとも審査会に参加することは、結果はどうであれ「大切なことである」ようです。
さて、雪の予報も出始めました。奥多摩の寒い冬が始まりました。
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東京都実地指導監査を終えて

平成30年11月15日
 東京都福祉保健局による2年に1度の実地指導監査がありました。
 社会福祉施設では、都道府県による実地指導から民間評価機関による第三者評価、情報の公表と色々な評価機関を通して評価されることとなります。「特別養護老人ホーム」である当該事業所は「老人福祉法」と「介護保険法」の両方の適用を受けている事業所であるため混乱する場面も多々ありますが、両方からの視点で監査されるということは、福祉施設の重要性や公平性に焦点があたっている証拠ではないかと推察します。これらの監査に対応するには、施設代表者が大手をふるって説明してもどうしようもなく、介護現場や専門スタッフの日ごろの取り組みの成果が物を言うように思えてなりません。結果としては、大きな問題もなく終えたところでありますが、2年に1度の最大の他者評価であるとも実感しています。助言や指導からは今後の方向性や課題を考えさせられる場面も多々ありますが、一人ではなくスタッフと一緒に考えていけたらと思います。
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人手不足の及ぼす影響

平成30年10月22日
 近隣にある数少ないコンビニが閉鎖になったり、小売店であったスーパーが閉まってしまったりと、地域における貴重な生活資源が立て続けになくなってしまいました。閉店の原因については色々と要因があるようですが、主たる理由は従業員の不足によるところだそうです。店舗として売り上げも確保されており、経営していける状態であるにも関わらず、やり手がいないために、閉店せざるを得ない状況だということです。介護業界については人の不足を肌で感じるところですが、社会全体がそうであることを痛感したことは言うまでもありません。先日、電車の中で聞こえてきた愚痴も「スタッフが不足しているのに、経営者が店舗をふやすと言っていて困っている」というもので「どこも一緒だなあ」と感じてしまった次第です。
 人材の争奪戦は、ここ数年は加熱傾向にありそうです。ここをどう切り開いていくか。発想の転換が必要な時期にきています。

失敗を成功への糧とせよ 失敗に学ぶことが明日に成功をもたらす
[青梅白寿会 仕事の心構え]
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多様な価値観が集まる場所

平成30年09月13日
 現代には良し悪しの基準が色々であり、場合によっては、正解が反転してしまうケースも多いことと思います。コミュニティとは、当初集まった者同士が同じ価値のもとで、作りあげ、これを成熟させていきます。そして新たな風や取り組み、違った風習を取り入れることによって、変化していくものでもあろうと考えます。 個々の価値観や主義を主張することも大切ですが、「コミュニティ機能」そのものに、支障をきたすものとなった場合はどう考えるか。多様な価値観を尊重することによって、本来積み重ねてきたものが崩れてしまったらどうするか。悩むところと思います。
 ホームでは、個々の価値観を当然尊重する場所でなければなりません。がしかし、共同生活の場所であるホームであるために協調性や共助といったものも底辺にはないといけないと考えます。またホームの方向性というのは、一個人が独りで決めることではなく、ある一定程度の総意によるものでないといけません。しかし、「もともとどういうことが目的で始まった」かということも大切にしないといけないワードです。
 答えがひとつではないものというのは、議論や話し合いが大切なこととなります。しかしもっと大切なことは相手の意見を尊重することであり、落とし処を探る作業ではないかと考えます。ディベート(討議)やディスカッション(議論)ではなく、カンファレンス(話し合い)で望みたいものです。
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地域包括ケアと向き合う

平成30年08月13日
 地域包括ケアの提案や介護保険法の誕生に大きく寄与された先生の講義を聴く機会がありました。
 地域包括ケアとは、小学校区域を一つの区域として、自宅で住みながらヘルパーやお医者さんの往診などを駆使して日常生活をケアしていこうといったものであると考えます。(大まかにですので、大分端折っております…)
 さて、この地域包括ケアで重要になるのが、本人や家族の意向というのがポイントになります。つまり、本人(または家族)がどんな日常生活を望むか、どのように暮らして行きたいかということがポイントになるということです。
 現在のシルバーコートで受入れている入居者の一部は、実は「本人の意に反して仕方なくここを選んだ」というケースも多々あります。また、本人が「認知症で意向がくみ取れない」、「意思が伝わらない」というケースもあるかと思います。本来であれば、住み慣れた場所で、便利な場所で、生き生きと生活したいというのは、全うな考えであり、わがままではないように思います。しかし、なんらかの理由で家族がなく、支援できない理由があるケースはこの地域包括ケアの蚊帳の外のようにも思えます。
 事業所の開設そのものも、20数年前のバブルの時に郊外型の施設をたくさん作ったことによるそもそもの歪みであるかもしれません。時代の流れや変更に紆余曲折するのはこの世界だけではありませんが、 もれなく漏れてしまった方の憩いの場にシルバーコートがなれたら、それはそれで福祉を 全うできるように思えてなりません。
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明日は我が身

平成30年07月10日
西日本を襲った豪雨災害で被災された方々をお悔やみ申し上げます
震災があってから、その都度考えさせられることですが先の豪雨災害でも、多くの犠牲があり悔やんでも悔やみきれないように感じます。
地震、土砂、豪雨、降雪などの災害はこの事業所でも起こりうる事象であり、昨今の状況を振り返ってみても、いつ発生してもおかしくない状況であると感じます。奥多摩という地域で山に囲まれた場所では豪雨による土砂災害の危険が一番危惧されるところです。地震による山崩れなど山を背負っている以上絶えず気にするところと感じます。いかに備蓄を用意しても、非難訓練をしても埋まってしまってはどうにもなりません。かといって100名の要援護者を非難させる有効かつ効率的な手立ても現状では見当たらないといったほうがよいのかもしれません。
今回の広域豪雨がここだったら、、、
どう指示するか、、、
悩むところです。入居者も職員も同じ大切な命ですから、、、
来月から消防審査会にむけて訓練が始まります。避難の重要性を学び返したいと考えます。
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奇跡の一本松

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東北震災の寄せ書き

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奥多摩が孤立した際の降雪災害

外出の意義と達成感

平成30年06月14日
 高齢者の外出場面に遭遇することもしばしばあり、ショッピングモールの駐車場には高齢者、障碍者などの福祉車両がずらりと並ぶなんて光景もよくみるようになったと思います。福祉施設では、社会への便宜を図るように運営基準に記載されているところであり、必要な余暇活動を行うように指導もされているところとなります。しかし、施設のサービス環境は大きく変わり入居高齢者の状態の重度化によって身体介護の負担は増加して止みません。日々の身体介護に認知症の対応だけで日々は過ぎてしまいますが、時間を作って「外出する。」「そとに連れ出す」ことを止めないのは単に基準に記載があるからではなく、スタッフ側の達成感や動機付けにも関係しているように思われます。
 当事者は連れ出してもらい気分転換になるのはもちろんですが、利用者の外出先での変わった表情や満足をもってスタッフ側の充実も図られることとなり、相乗効果がそこにはあるように思われます。
 しかし、外出するということにはそれなりのリスクや危険があるのも事実であり、ご家族の理解がなくして成り立たないものであります。本人を取り巻く多くの人の援助によって外出できることを改めて実感する今日この頃です。
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最後にむけて ~人生の締め括り~

平成30年05月17日
 入居された方がここを退所する場合のほとんどがお亡くなりなった場合となります。入所されてからの「生活をどうするか」も大切な務めではありますが、最後をどう締め括るかというのも大事な支援だと考えます。しかし、どう準備や提案をしても最後というのは、ご本人しかわかりません。ましてや、本人すらも「予期せぬ」といった場面で迎える方も少なくないのが現状といったところです。
 つい最近も退所された方がいらっしゃいましたが、実にその人らしい終え方でした。言葉数多くなくさっぱりとした性格でしたので、迷いもなく自身の道をしっかり選択されていたように思われます。「なるべく最後まで入院したくない」とはしても内心では、葛藤や迷いもあったかもしれません。それでも初志貫徹されたように思えてなりません。ギリギリまで施設で対応し、末期がん対応の病院に入院して数日という最後でした。経済的に困窮するも生活保護になれないといった社会の狭間でしたが、おカネも身の回りもあるもので、きれいさっぱりといった最後でした。
 その人の最後というのは、やはり人生の最終結末のように思えてなりません。施設という場所にいても絶えず家族や知人が行き来する方は、やはり身近な人と最後を共有されますし、自ら疎遠になった方は、ひとりで最後を迎えることとなるように思えます。人生は帳尻があうと言いますが、施設やスタッフは、どういう最後の締め括りであっても、寄り添って見送ってあげたいと思って仕事にあたっています。しかし、どこまで寄り添えるか。課題山積ですが話し合いを進めながら、ご本人の想いへの理解、スタッフ間の相互理解、これらを積み上げる作業が大切であることは間違いないようです。
さて、自身に置き換えるとまだまだ迷いっぱなしなのは、ご愛嬌ということで笑

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家族療法という考え方②

平成30年04月18日
 ご家族との関わりについて前々回に記したところですが、その続きを綴ってみたいと思います。前回の話から入居される方への支援を模索するときに、どうしても「本人」にばかり焦点があたってしまい、「そのご家族がどういう意向なのか」や、「家族もふくめた背景や構成」などが盲点となりがちになってしまいます。
 こういったところに、次のアプローチや支援のヒントが埋もれていることもあり、参考にしていきたいところとなります。ここでのポイントが家族単位を軸でみるということのようです。縦の軸(親子関係)だけでなく、横の軸(兄弟関係)もみること。
本人と息子といった縦だけでなく、息子兄弟、息子の妻同志、同然当事者夫婦の従来の関係、縦軸と横軸、そして経過をみると、その方のライフヒストリーが見えてくるようです。
 また、支援する側からすると「なにがしたいか」や、「どうなりたいか」ばかりに目が向きがちですが、平凡な日常には意味や意義、目的はないようです。マンネリと言われるような変わらない毎日、以前過ごしてきたルーチンに帰るきらいがあるそうです。単純に「うちに帰ってビールを飲みたい」は、平凡であり意義もありませんが、突き詰めていくこと、「あり」のようです笑

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